届かないところに
昔から手が小さかった。
大好きだったおじいちゃんは「それがいいところだよ」って言ってくれたけど、時が経つにつれて自分が劣っていることを実感した。
同じようにすくおうとしても手が小さいからなかなかうまくいかない。
一生懸命広げようとしても何故か小さいまま。
なんでこんな手に生まれたんだろう。
普通じゃないことがどうしてこれほど辛いのだろう。
楽しく振る舞って笑顔を作るたびに心の奥が痛む。
本当はこんなんじゃないんだ。
明るく振る舞っているのは、手が小さいことがバレて居場所がなくならないように必死で演じてるだけなんだ。
それがどんどん自分を追い込むとわかっていても、そうすることでしか自分を維持することが出来なかったんだ。
わからないだろう、この辛さが。
周りよりも劣っている自分を受け止める辛さが。
そんなことたいしたことじゃないって言われても何一つ響かない。
男のくせにって言われても腹が立つだけだ。
だってこの辛さがわかるのは、実際に小さい手で不自由した自分だけなのだから。
同情されればされるほど劣等感が積もってくる。
見るものすべてが羨ましく、こんな手に生まれてきたことを後悔してしまう。
やっぱり恨むよね。
だって普通に不自由なく生まれてきたら、こんなこと考えなくてすむのに。
なんで自分だけこんな目にあわなきゃいけないんだって恨むよね。
次第に周りから遠ざかって孤立してしまったけど、これでいいんだ。
もうどうでもいい。
自分の振る舞いや色々修正すべき場所はあるだろうけど、何より生まれてこなければよかったんだ。
こんな手に生まれてこなければ、もっと自然と明るい性格になってたはずなんだ。
大好きな人の手をぎゅっと握れる大きな手だったら、もっと積極的になれたはずなんだ。
自分は悪くない。
だからもうどうでもいい。
投げやりのまま年月だけが無駄にすぎた。
なんとか生きてはいるけれど、ただ生きているだけ。
もう何が起きてもどうでもいいと思ったけど、またひとつ後悔することがおきた。
私に子供が出来てしまった。
なぜそういう事になってしまったのかは答えづらい。
もう全てがどうでもよくて、流れのままに生きてきたなかでのこと。
自分自身が最低なのはわかってる。
そんな考えもなく生まれてきた子供が可愛そうだってことも。
でも後悔しているのはそのことよりも、子供が自分そっくりに生まれてきてしまったことだ。
あれほど自分が憎んだ小さな手を、そのまま受け継いで生まれてきた。
なんでここまで辛い思いをしなきゃいけないんだろう。
何も新しく生まれてきた子供にまで同じ痛みを与える必要はないじゃないか。
運命ってなんだ?宿命ってなんだ?
初めて出来た子供は可愛かった。
ずっと辛い道を歩んできた自分にとって宝物だった。
だからずっと心の中で泣いた。
ごめんな、こんな手に生んでしまってごめんな。って。
いつかこの子が大きくなって、なんで手が小さいのか悩んだ時を考えたら胸が苦しくなった。
とぉちゃん、とぉちゃんって言ってくれている今のままずっと時が止まっていてほしい。
一瞬でも生まれてきて良かったと思えた今のままずっと止まっていてほしかった。
でも私にはきっとこれからのことは耐えられない。
宝物が傷ついていく様を、受け止められるほどの器がないんだ。
贅沢もさせてあげられないし、素敵な服をいっぱい着せてあげることもできない。
ごめんな、こんなふがいない父親のもとにきてしまって。
もっと普通に生きていれば、もっとちゃんとした状態で出会っていれば。
涙をこらえながら子供を抱きしめた。
「とおちゃんの手、おっきいね。」
ハッキリと聞こえたその声は、優しい宝物がキラキラした目で発した声だった。
そりゃ、そうだろう。
大人と子供では全てが違うんだ。そんなもの当たり前なんだ。
なのに今までの全てが一気に崩れ落ちるように泣いた。
声を出して大きな声で泣いた。
心の中の色んなものが涙とともに洗い流されていく気がした。
どこかで自分も気づいていた。
本当は手が小さいということを理由にして、全てから逃げたかっただけだということを。
自分は恵まれず生まれてきたからしょうがないんだと思うことによって、立ち向かう辛さを味わなくてもいいようにしていただけなんだと。
涙を出し尽くして、呼吸がひと段落したときに一言だけあやまった。
こんな手に生んでしまってごめんな、って。
「大好きなとおちゃんと同じ手だから自慢の手」
「人を助けてあげられる手だってかあちゃんが言ってた」
出しつくしたはずなのに、全て洗い流したはずなのに
涙が止まらない。
一生懸命笑顔でいるものの、ずっと涙は流れたままだ。
そうだ、どうでもいいんだ。
手が小さくてうまく出来ないことがあっても関係ないんだ。
自分に出来ることを全力で、いや何もできないとしてももがいてやるんだ。
この子の憧れになるんだ。
例え馬鹿にされようとも立派になれないとしても、
胸をはって生きてやる。
この子がいつか心の底から、とおちゃんと同じに生まれてよかったと思ってくれるように、今度は自分が光を見せるんだ。
時代遅れでもなんでもいい。
泥臭くたってかっこ悪くたって関係ない。
もう迷わないって誓うよ。
だから、
物を掴んだり、すくったりはうまく出来ないけど
きっといつか困ったときに役に立てると思うから
買ってくれないか?
子供も一緒に。